「畑の肉」と言われる大豆おからとは

大豆を知ろう!

大豆の起源

 世界的に見ても中国やシベリアが起源と言われていて、その始まりはツルマメが原種だと言われています

 日本の大豆の起源は縄文時代にまでさかのぼり、山梨県の遺跡から大豆が使われていた事を示す土器が発見されています。

 中国や日本では実に2000年以上昔から大豆が認知されていた訳です。

 ヨーロッパやアメリカには1700~1800年に日本から伝わったと言う文献がありそれまでは大豆は認知されて居なかったようです。
 アジア以外の地域では他の豆(インゲン豆、レンズ豆、ヒヨコ豆などなど)が一般的でお豆料理もたくさんありますが、大豆がアジア以外の地域で食用や飼料用として本格的に栽培が始まるのは1900年代半ばになってからのようです。

 大豆をはじめお豆は非常に重要なタンパク源です。日本も縄文時代の狩猟文化を経て農耕・水耕文化が根付いて食生活が変化を迎えます。しかしこの時代はまだ大豆は神事に使われたり常食される事はなかったようです。

 日本では大豆の栽培が盛んになったのは奈良・平安時代以降。
 この頃になると仏教や宗教の流入により肉食を禁止されたりして避ける傾向になり、例えば鹿肉を紅葉、猪肉を牡丹や山鯨(山鯨)、馬肉を桜と隠語で呼ぶように、肉食は禁忌だった時代がありました。
 そのため不足しがちなタンパク源を補う食品として大豆が日本食の中に深く関わっていると考えられます。


日本の風土と大豆

 日本は南北に長い島国ですから、南国と北国では気候も違います。当然、作物も気候に左右されますので農作物も同じ品種では思うように育ちません。今でこそ品種改良や設備、肥料によって色々な地域で同じ作物が育ちますが、平安時代や江戸時代の頃はまだそのような技術や肥料もありませんでした。

 そこで重宝されたのが、寒暖の差や気候に強い品種の作物です。稗(ひえ)は、「冷え」が語源と言われる通り寒さにも強い品種です。また粟(あわ)は日本に伝来した最古の穀物と言われていたり日本では古くから穀物が重要な役割を担っていました。 大豆もまた痩せた土地で育てる事の出来る作物として愛用されていたようです。
 そして大豆は穀物には無い「タンパク質」を多く含む作物として日本の風土に根付いていったものと考えられます。

 大豆には根粒菌と言う細菌が根や茎に存在しています。この細菌は、大豆から栄養を得る代わりに大豆が必要とする窒素を硝酸塩と言う物質に転換し、大豆は効率良く栄養を確保する事が出来るのです。
する事が出来ます。そうすることで大豆は痩せた土地でもよく育つのです。

 そうした経緯もあり日本では【米・麦・粟・稗・大豆】を「五穀」と呼び、これらの作物をとても大切にし「五穀豊穣」を祈る行事が全国各地で今も行われています。

大豆料理

 大豆は水分を除くと30%以上のタンパク質と15%近くの食物繊維、そして炭水化物(糖質)は約30%で構成されています。
小麦粉は約70%が炭水化物で出来ています。
 大豆は高タンパクで栄養バランスが優れています

 日本人は、この大豆を有効に使い古来より栄養補助食品として料理に取り入れていた事がわかります。

 まず大豆を発芽させた食品は「もやし」
 そして夏場に大人気な大豆の未成熟の状態である「枝豆」
 成熟した大豆を搾る事で「大豆油」も摂れますし、この大豆油は菜種油に次ぐ世界2位を誇る食物油となっています
 
 また、成熟した大豆を炒っただけの「炒り大豆」は節分の時に大活躍です。
 そして炒った大豆の皮を剥いて挽いたものを「きな粉」としてお餅に合わせる「安倍川餅」や「わらび餅」は絶品ですね

 次に大豆を煮た「煮豆」もポピュラーですし、本来は小豆などがメジャーですが最近は大豆を甘く煮て乾燥させた「甘納豆」もあります。
 煮た大豆を発酵させる事で「味噌」や「醤油」が生まれます。

 また、煮た大豆を搾った煮汁「呉(ご)」と呼び、それを漉すと「豆乳」と「おから」が生まれます。
 その豆乳をゆっくり加熱した上澄みを「湯葉」として食べる事が出来ます。


 豆乳豆腐を揚げると「厚揚げ・油揚げ」になったりと、日本人は大豆に無限の可能性を感じたのではないかと思います。

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